近年ダメ人間の増加に伴い、その傾向と対策が議論されている[i]。
レオン・フェスティンガーの認知的不協和の理論[3]は、たえず社会的圧力の中で生存をつづけ,しばしば自分の意志でない「決定」「選択」を強制されている現代人が持つ「心の不協和」のメカニズムと,その解消のダイナミックスに応えたものである。
「認知的不協和」とは[4]、1つの認知(環境・自分の行動・態度・情緒に対する知識)の逆の面が、他の認知から帰結される状態であり、二つの認知要素間に矛盾がある状態である。例えば、「私はタバコを一日40本吸っている」という認知と、「喫煙者は肺がんや心臓病になる可能性が高い」という認知は不協和である。不協和の存在は心理的緊張・不快感を生み出すため、協和な状態に達しようと人々を動機づける。不協和を低減させる方法は3つあり、以下の通りである。たばこの場合の例とともに示す。
1、
認知を変える
調査がずさん・証明されたわけではない・禁煙するなど
2、
新たな協和な情報を集める
喫煙は会話の小道具、リラックスする
3、
重要度を変える
別の危険がいくらでも存在する・いずれ肺がんは治る
また、新興宗教にのめり込んでいく信者の心理については「期待の不確認」という理論で説明されている。1999年に世界が滅びると教祖が予言したとする。しかし実際は起こらず、予言が外れるという拒否できない事実(認知的不協和)が残る。ここで、この世の終わりを信じ財産も生活もすべてを捨ててしまった人は、この窮地から脱するために信念の正当性を別の形で証明するしかなくなり、狂信的な信仰もしくは熱心な布教(社会的証明)に走ってしまうのである。
本論文ではこれらの認知的不協和理論を元に、ダメ人間を社会心理的側面より考察する。
我々が新たに提案するダメ人間の認知的不協和モデルを図1に示す。たばこの場合とほぼ同様なモデルが成立することがわかる。人間が安易に考えることは同じである。
3−1、ダメ人間のその後
2で提案するモデルは、就学時において成立するモデルである。では、就職後はどうなるのかを考察してみる。これには「期待の不確認( disconfirmed expectancies)」の理論が適用可能である。ダメ人間は、数々の言い訳・正当化により、バイト・サークル等の遊びに励み、教科書やノートを捨ててしまい、勉強している人間に構うことなく、熱心に遊び続けた。
しかしながら、就職後は勉強してきた知識豊富な優秀な人間が数多く存在し、多くの時間を無駄にしてしまったという事実がつきつけられてしまう。この窮地を打破すべくダメ人間は狂信的なダメ人間(さらに遊ぶ)、もしくは優秀な人間を飲み会に誘って誘惑する布教行為に走るであろう。優秀な後輩を飲み会に誘い、「お前は優秀だけど、人生経験が足りない」と言って説教する先輩はその典型例であろう。また、これらのダメ人間の発展形は「からくりテレビ」に出てくる愚痴ばっかり言っている新橋のダメ酔払いサラリーマンである。このような発展をさせないように注意が必要である。
3−2、傾向と対策
ダメ人間不協和を排除するためには、「勉強する」という手法が最も効果的である。しかしながら、人間は元来怠け者であるから、すべて妥協なく、生きるのは難しいと考えられる。よって、せめて自分が怠けている「認知的不協和」を稚拙な言い訳で正当化していることを認識することが重要であると考えられる。自分の弱い部分を見つめながら不協和を解消していく姿勢が重要であると考えられる。あいだみつお風[5]に言えば「ダメなところもある。人間だもの。」と言ったところであろう。
ダメ人間を「認知的不協和」理論より、社会心理的考察を行なった。結果、この理論の適用の妥当性が高く、我々の心理をうまく突いていることがわかった。あまり、真剣に考えると鬱になりそうなので、「人間だもの」と言ってごまかすことも必要である。
図 1 ダメ人間の認知的不協和 |