論文の書き方 実践編

1、基本的事項

1−1、論文と報告書/小説との違い

学生がはじめて卒業論文なりを作成すると、必ず“報告書”を作成してしまう。報告書では、自分が何をどのようにやったかが淡々と時系列につづられている。このような文書は“論文”とは種類が異なるものであることを初めに認識しなければならない。

論文において一番必要なことは、何をやったかではなく、何を新たな真理として主張するかである。つまり、新たにどのような意義のある結果が出てきたか、もしくは理論や価値を提案できたかである。よって、一番最初に行う作業として、自分が一番主張したいことを整理し、その主張を行うためにはどのような説明が必要かを考える必要がある。つまり、報告書とは発想が逆転しているのである。

もちろん論文は小説とも異なる。後にならないと結論がわからないような推理小説のような文章は論文としては最低である。推理小説を論文風に書けば、犯人は最初に書いてあって、何故その人が犯人なのかを説明することになるであろう。また、発見した!とか偶然見つけた!等のドラマティックな表現も禁物である。

 

1−2、客観と主観を区別する

 結果や理論が客観的な事実なのか、もしくは筆者の主観的なものなのかを区別することが重要である。つまり、自分の考え(主観)を出来るだけ客観性のある事実に近づけることが要求される。この点が論文において一番重要で難しい点であろう。常に自分の提示した結果や概念に対して、客観的な目で時には批判的になって、考える必要がある。何故こうするのか、何故こうしたのかを常に厳しく自分に問いかける必要がある。論文に感想文や悩み事を書いてはいけない。

 

1−3、わかりやすく書こう

1−3−1、「察してくれるだろう」という甘い考えは捨てよ

日本文化の美徳の一つに「思いやりと察し」というのがあるが、理論的な論文にこのような概念は禁物である。決して「わかってくれるだろう」と思わないこと。

1−3−2、章立てに工夫を

わかりやすい文章を作る一つのこつは、全体を細かく章に分けてメリハリをつけることである。文字ばかりだらだらと書いてある文章は読みにくい。逆に見出しだけで論文の流れがわかるような文章は理解しやすい。

1−3−3、受験国語の呪縛から逃れよう。“その・この”の悪夢からの脱却

そのようなことによって、○○の結論が得られる」

問題)下線部分が指す内容を示せ。

受験国語にこのような問題が多く見られ、悩んだ人も多いはずである。論文では、問題になって読者の頭を悩ますようなわかりにくい表現は絶対してはいけない!「この」「その」という表現は実は論理をはぐらかすときに良く使う。官僚・政治家のように表現をぼやかして、わざとわかりにくくするのは論文では最低なことである。本当に「この」・「その」が必要なのかを良く考え、無駄を無くすためにも、なるべく削除しよう。

 

2、論文の書き方の実践

まずは、全体の章立てを1−1、の概念に基づいて深く考える。

緒言

2−1、動機づけ・位置付けが非常に重要!

特に工学系の論文では、研究がどのように役に立つのか等の意義が重要な場合が多い。また、世界中で行われている研究の中で自分の研究がどういう立場にあるのかという“位置付け”の説明も必ず求められる。もちろん、意義や位置付けが完全に説明するためには相当量の勉強が必要であり、該当分野の専門家になる必要がある。よって、たくさん勉強しよう。

 

解析(実験)手法及び条件

2−2、単に、「こういう実験・計算をした」ということを書いてはいけない!

手法は、具体的な方法より、何故そのような手法を選定したのか、もしくは提案するのかが重要である。根拠が大事。

2−3、式を書いてさえおけば良いという考えかたはダメ

式は、本来文章で説明するところをよりわかりやすくするために使うもの。必ず式の説明はすること。記号の説明が抜けていてはいけない。また、式のかたちを示すよりもどうしてこの式を使ったかのほうが重要。

2−4、結果のところに解析条件を書いてはいけない。

結果をわかりやすくするために、結果で述べる解析条件はすべてここで示しておく。結果はシンプルに!

 

解析(実験)結果

2−5、結果は客観的に、考察は主観的に

結果と考察の区分には任意性があって、述べ方の展開の仕方によって、どちらに属するのかが決まる。読者がなるべくわかりやすいような分け方をする。一般に結果は客観性のある事実・考察は自分の考えなど主観性のある事実が述べられる。他の人が使えるような客観性のあるデータは結果、自分なりに結果に対して付加価値をつけた場合や、新しい提案は考察に入れる場合が多い(個々にスタイルがあるため、必ずではない)。誰がやっても同じ結果になるようなものは、結果に書く。また、自分の発見,実験結果に対して〈important〉,〈very interesting〉などの形容をすることは差し控えるべきである。

2−6、図・表はそれだけで内容がつかめるように

図・表は飾りではない、それだけを見ただけで内容が掴めるようにする。キャプションも刺身のつまではない、きちんと説明するように。“Fig. 1 result of analysis” というようなキャプションはなくても同じ。

2−7、結果の説明はちゃんとしよう

「結果を図1に示す」だけでは不親切。ちゃんとポイントを説明しよう。

2−8、結果のところに「解析条件」「自分の意見(考察)」などの余計なものを書いてはいけない。

2−9、解析条件と結果は1対1の関係が明確になるように。

 

考察

2−10、こうなった・ああなったなど、結果から容易に想定できるものは「考察」ではない。

結果を単に説明するようなものは、結果の章にまわす。

2−11、考察は責任を持って

考察には、自分でしっかり検討した責任の持てる内容のみを書く。よって、考察にも客観性は必要。追実験や計算を大いに行って、自分の考え・理論を証明しよう。無責任なこと妄想・感想文を書いてはいけない。

 

結論

2−12、研究しなくても書ける結論はだめ

「〜の解析を行い、〜の有効性を示した」「〜の評価手法を確立した」などの結論は論文の具体的内容が全く掴めない。もっと具体的に書こう。

 

その他

2−13、緒言と結論だけを読まれる場合が多い

研究者が論文を読むときは、最初に「アブストラクト」を読み、興味があれば「緒言」と「結論」を次に読む。この3つだけで論文の内容の大半が伝わるようにしよう。

2−14、冷めた目で客観的に自分の文章を読んでみよう。

論文が完成したら、少し時間を置いてから違った目線で(少し批判的に)、読み返してみよう。人によっては、客観性を持つため、執筆してから日本酒のように必ず「寝かせる」人もいる。他人に見てもらったり、議論するのが一番良い。

2−15、引用はしっかりとしよう

学会等の発表で人の成果を自分の成果のように発表したり、引用を怠ったりすると、科学技術の世界から抹殺されることが冗談ぬきである。オリジナリティを大切にするアカデミックな世界では最も忌み嫌われる行為である。学生だから許されるだろうという甘え考えは禁物である。

2−16、自分の仕事と他人の仕事を区別する。

自分のした仕事と他人の仕事の引用とがはっきり区別できるように書き,後者は出典を明らかにしなければならない.他の研究者の仕事を批評する時,たとえば「・・・・・の結果だから信用度が低い」というように,個人攻撃に類する書き方をしてはいけない.批評は実験の方法,混入したと思われる誤差のように,客観的な面だけに向けるべきである.